2023年3月、東京証券取引所(東証)が放った「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の要請。いわゆる「PBR1倍割れ是正要請」は、日本の上場企業に強烈なパラダイムシフトを迫りました。
あれから3年。日本の株式市場はかつてない活況を呈していますが、足元の上場企業たちの対応状況はどうなっているのでしょうか。単なる「ブーム」で終わらせないための、東証の次なる一手と企業の現在地を紐解きます。
1. 「プライム9割」の達成とスタンダードの温度差
2023年の公表直後こそ様子見を決め込む企業が目立ちましたが、東証が「開示企業一覧表」を毎月公表し始めたことで流れは一気に加速しました。
東証が2026年4月に公表したデータによると、プライム市場の約9割がすでに開示を完了しています。一方で、スタンダード市場の開示率は約5割にとどまっており、市場間での「二極化」が鮮明になっています。
| 市場区分 | 2023年末時点の対応率 | 2026年春現在の対応率 | 経営現場の現状 |
| プライム市場 | 約 49% | 約 90% | 「初回開示」はほぼ一巡。現在は毎年のアップデート(質向上)のフェーズへ。 |
| スタンダード市場 | 約 19% | 約 50% | リソース不足やPBRが元々高い等の理由から、依然として未開示企業が多い。 |
【東証による「検討中」への包囲網】
当初は「検討中」とCG(コーポレート・ガバナンス)報告書に記載するだけで“対応済”にカウントされていましたが、東証はルールを厳格化。「検討中」の掲載期間を原則6か月に制限し、実質的な計画開示を強く促しています。
2. 「自社株買い」というカンフル剤からの脱却
要請直後の2023〜2024年にかけて相次いだのは、手元資金を使った「自社株買い」や「増配」といった即効性のある資本政策でした。これにより一時的にROE(自己資本利益率)が押し上げられ、PBRが1倍を突破した企業も少なくありません。
しかし、東証や投資家が求めているのは一過性の株価対策ではありません。
東証は2026年4月の要請アップデートにおいて、「経営資源の適切な配分」を改めて強調。単なる株主還元(PBRの分母を減らすアプローチ)ではなく、事業投資や研究開発を通じて「持続的に資本コストを上回る収益を稼ぎ出す(分子を増やす)抜本的な取組み」を求めています。
3. 次なるステージは「開示のアップデート」と「対話」
現在のトレンドは、一度出した計画をブラッシュアップする「2周目・3周目の開示」です。
初期の開示では「我が社のWACC(加重平均資本コスト)は〇%」と机上の計算を載せるだけだった企業も、直近では以下のような投資家目線に立った一歩踏み込んだ開示へと進化しています。
- 複数の算出モデルを用いた資本コストの多角的な分析
- 事業部門ごとのROIC(投下資本利益率)の導入と評価
- 政策保有株式(持ち合い株)の具体的な売却スケジュールの明文化
さらに、東証は「機関投資家からのコンタクトを希望する企業」をリスト化して公表するなど、企業と投資家のマッチングまで支援し始めています。これにより、これまでは対話の機会が少なかった中小型株(時価総額の比較的小さな企業)が、投資家を呼び込むために積極的なIRに乗り出す動きも目立ってきました。
コラムのまとめ:問われるのは「IR(投資家向け広報)」ではなく「経営そのもの」
東証の要請から始まったこの大改革は、単なる「お役所仕事のディスクロージャー(情報開示)」ではなく、「社長が自社の資本コストを言えるか」「そのコストを上回るリターンをどう作るか」という経営の本質を問うものです。
横並びの「ポーズとしての開示」で茶を濁す企業と、投資家との真摯な対話を通じて成長投資へ舵を切る企業。今後、市場からの評価(株価)という形で、その格差はさらに残酷なまでに広がっていくことになるでしょう。
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